おめでとう!



隣の部屋から物音が聞こえて目が覚めた。時計を見ればすでにお昼を回っていた。
音の正体はたぶんわかっている。俺は一年ほど前に一人暮らしを始めた。
だからここはマンションの部屋で、この部屋に勝手に入れる人は限られているから。


しかし、そんなことより・・・・・



俺は頭を抱えた。
頭が痛い・・・・・・

まだ横になっていたい気もするが、喉も渇いていたし、
何より音の正体に会いたくて俺はベットから降りた。




隣の部屋に行けば案の定。
「あ、ヒカルおはよう」
振り向いてにっこり笑うのは当然あかりで。
「・・・・はよ」
笑顔で挨拶したかったけど、とてもじゃないが笑顔も元気な声もでなかった・・・
「大丈夫?」
あかりが心配そうに覗き込んでくる。
「ダメ・・・死にそう・・・」
俺は青い顔でそういいながら、あかりを抱きしめて肩に頭をうずめる。
「頭痛い・・・。吐きそう・・・」

とにかく頭がガンガンするし、クラクラする。
気持ち悪いし、ムカムカして吐きそうだし、体がだるくて、重い・・・・
つまりは酷い二日酔いである。
あかりは困ったように、でも若干楽しそうにくすくす笑っている。



思い起こせば昨日の夜。
「加賀のやろう・・・・・」
俺は数日前二十歳の誕生日を迎えた。
で、昨日「祝ってやる」という加賀に連れられて飲みに行ったのだが。
「あいつザル。しかも三谷のやつも平然と飲みやがって・・・」
やっとお前も公然と飲めるなーなんて言いながら加賀は俺にどんどん酒を進めてきた。
しかも、「ほぉー、俺の酒を断るつもりかー」とあの眼光で言われれば・・・
三谷はそれを横目にマイペースで飲み続けているし。
「三谷君。碁会所のおじさんたちに鍛えられてるって・・・」
「それ、早く言って・・・」
そんな訳で、俺は飲みすぎで現在ダウン。


「ヒカル何か食べられそう?」
とりあえず、シャワーを浴びてきてソファーの上に倒れこんだ俺にあかりが声をかける。
「・・・無理」
何か食べたら本気で吐きそうだ。
「でも、少しでも食べたほうが良いんだよ」
あかりが心配そうに俺を覗き込む。
「それに今日の夜は料亭でしょう?」
それまでに治るかなぁ?と顔をしかめながら薬を探しに行く。
「おかゆとか作るから、少し食べてね」
そう言いながら台所に行くあかり。
「それよりさー。ここに居てよ」
俺はパンパンとソファーの空いたところを手で叩く。



大体、ここんとこあかりとゆっくり二人で過ごす時間があまりなかったんだ。
始まりは二十歳の誕生日。
二人で過ごすつもりだった。ゆっくりとこの部屋で過ごすつもりで・・・
しかも、この時点であかりとの時間がもてるのも久しぶりだったのに。
なのに!!
「おめでとう!進藤!!」
と酒を片手に押しかけてきたのは和谷や奈瀬のいつもの数人。
あかりはにこにこ笑っていて、どうやら和谷たちと共犯だったみたいで。
どうりで二人分にしては料理が多いと思った。
俺は帰れよ!!と文句を言ったけど、あかりを味方につけたあいつらには適わなくて。
結局朝まで飲み明かす羽目になってしまった。
次の日は父さんが飲むぞ!と。さらに翌日は泊まりで出張。
もちろん出張先でも先輩棋士に飲まされて。
で、昨日が加賀で。
今日がいつも贔屓にしていただいている人が料亭でお祝いをしてくれるとか・・・


だから、今日の約束の時間までは二人でゆっくりと・・・


また近づいてきたあかりに手を伸ばそうとすれば。
「ダメだよ、ヒカル。約束の時間までに二日酔い治さないと・・・」
と、冷静に薬と水を渡される。
「ご招待してくれる人に悪いでしょう。それに料亭料理を食べれなかったらもったいないよ」
いや、あかり。ここであかりに触れないほうがもったいないですけど・・・
「おかゆできたら呼ぶからそれまで横になっていてね」
そう言ってまた台所にもどってしまう。
「あかり〜」
だって、今の時間を逃すと・・・
明日から数日間の出張で。帰ってきたら対局で。
空くのはその日の夜。
あと、何日も先じゃないか・・・・



だから台所のあかりの傍まで行って、後ろから抱きしめる。
「ちょっとヒカル!危ないから」
あかりは当然抗議の声を上げた。
「だって。触りたいし・・・」
ここんとこゆっくりあかりに触れてないし。
かぁぁーとあかりが耳まで赤く染まる。
うん、いつまでたってもこの反応は可愛いよなーと嬉しくなる。
「おっ!うまそうじゃん」
ぐつぐつと土鍋に煮込まれるあかり特製のおかゆ。
「もうすぐできるから、ちょっと離れてて」
そう言われて、しぶしぶと離れる。



「そう言えばね」
あかりがおかゆを小皿によそりながら言葉を続ける。
「さっき佐々木君から電話があったの」
佐々木?あの眼鏡をかけた一見まじめそうな顔が浮かんでくる。
「誕生日の祝いするから、いつがいいって」
「えー、別にいいって」
俺が顔を横にふったら、あかりはちょっと困ったような顔をした。
「あ、ごめん。○日の夜なら空いてるよって言っちゃった。空いてたよね、次の日もお休みだし」
「・・・・・・・」
俺は呆然とあかりを見返した。その日は数日先のやっとあかりとゆっくり過ごせる日だと・・・
「あの、高校の時のみんなを集めてくれるって・・・」
やっとあかりとゆっくりと過ごす予定だった・・・・
なのに佐々木?
いやちょっと待て、佐々木!?


「あかり、俺を殺す気?」
俺は頭を抱えた。
明日から緒方さんが一緒の出張で絶対飲まされる。
その後、佐々木?
「あいつはザルどころじゃない!枠だぞ!!」
あいつの胃には二次元ポケットでもあるんじゃないかと思えるほどだ!!
強いなんてもんじゃない!!
「え!あの、志保ちゃんも誘うって。美紀ちゃんは県外だからダメだけど」
俺の脳裏にあの綺麗な顔でキツイ視線を送ってくる女の姿が浮かんでくる。
どうも彼女は苦手だ・・・。
「あいつもくるの?」
飲んだことは無いが、強そうな気がする。
「大丈夫だって、もう怒ってないよ」
そりゃあいつを怒らすようなことはしてないけど。


頭がますます痛み、俺は頭を抱えた。
果たしてその痛みは二日酔いの所為だけだろうか?
気持ち悪さが追い討ちをかける。


「あかり、俺死ぬかも・・・」
俺が顔を上げてそう言うと、あかりはくすくす笑い出す。
「ヒカル君。愛されてますねー」
愛?愛されているのか?
お陰であかりとゆっくりできないんだぞ!
あいつらの陰謀じゃないだろな?示し合わせてないか!?
一瞬そんなことが頭を過ぎるけど・・・


みんなの祝いを言ってくれる笑顔が浮かんでくる。
そして、目の前で嬉しそうに微笑んでる大切な存在。
だから、俺も自然と笑みが浮かぶ。
「だけど愛は一人分で十分なんですけど、あかりさん」
その存在に向かってそう言えば、彼女はちょっと照れて赤くなりながらも、
さらに嬉しそうに微笑んだ。

まあ、佐々木達がお祝いしてくれるというなら、楽しめばいいし。
どうせあかりも一緒だし、そのあと二人でゆっくりと・・・
そう思いながら、あかりの作ってくれたおかゆを食べていたんだけど。




「そうだ、お父さんがね。ヒカルを連れてきなさいって」
はい?おじさん?
「お酒を一緒に飲みたいらしいよ」
え?
「なんかね、楽しみにしてたみたい」
あかりはのんきに目の前でにこにこと笑っている。
そういえば、前にそんなことをおじさんに言われたこともあった気がする。
「いつがいい?どうしようか、少し間あけたほうがいいかなぁ」
そう言いながらあかりはカレンダーの予定表に目を移す。
間って・・・
「いや、出来るだけ早く伺うよ」
あかりは「大丈夫?」って心配そうに言うけど、
これだけは行かなきゃまずいだろう、普通。


どうも、折角の二十歳の誕生日を迎えたというのに、
あかりと二人でゆっくりと一日を過ごすのはどうやらしばらくお預けらしい。


あかりは俺のこんな気持ちにも気がつきもせず、
「あ、まだ食べられそう?」なんていいながら、
おかゆのおかわりをよそりに台所へと向かう。
その様子を目で追いながら、俺はあかりに気づかれないようにため息をいた。


まったく、俺があかりとのんびり過ごせるのはいつになるのだろうか?

それなのに・・・


「あ、昨日塔矢君から連絡があってね」
あかりが皿を俺の前に置きながら、にっこり微笑む。


俺の顔が思わず引きつったのは許されるべきだろう・・・・・







さて、20歳おめでとう! 20歳といえば、お酒が公然と飲めますもんね。 で、こんなお話を書いてみました。 おめでとう!という割には、アップするのが一ヶ月以上も遅れてしまいましたが(^_^;) 甘い話でもないし、遅れたし、やめとくかーとも思ったのですが、 浮かんできたのでやっぱり書いてしまいました。 一応、テーマは 「ちょっとかわいそうなようで、実は幸せな進藤君」でした。 進藤君はとても幸せなやつだと、ゆとは思っておりますので。 きっとこの後、東京に仕事に来た社君にもお祝いしてもらっていることでしょう。 長い文章ここまで読んでいただいてありがとうございました。 ゆと



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