笑顔の理由
◆高校3年 冬◆


「あんまり、離れるなよ」

ヒカルが不安そうな寂しそうな顔で私を見つめる。

彼はいつからこんな顔をするようになったんだろう?

初めて彼の寂しそうな顔を見たのはもう随分前のこと。

そのときはただどこか宙を見つめながら。

そして、いつのまにか私を不安そうに見つめてくるようになった。

私がヒカルから離れることなんて無いのに、彼が私を離さない限り。


だから・・・・


「ヒカル。来年もまた一緒に見ようね」

そう言いながら、私は彼に笑顔を向ける。

私が笑顔を向ければ、彼は笑ってくれるから。




私はヒカルの前ではできるだけ笑顔でいようと決めていた、もうずうっと前から。

「この頃、ヒカルはあまり笑わなくなったわ」

おばさんがため息をつきながらそう呟いていたのは、私が高校一年の初めの頃。

いつも必死で見ててかわいそうになるわ、ヒカルの仕事だと仕方ないのかしら?

そう嘆いていた。

その頃ヒカルは前ばかり見ていて、たまに姿を見かけても私に気づかなかったり、

軽く挨拶するだけだったり。すれ違ってばかりだった。

彼の前を見つめるその瞳はいつも真剣で、真剣すぎて・・・・

まるで誰か知らない人のようで私は近付くことが出来なかった。

彼も恐らく私のことなんて見えていなかった。

あの私の好きな笑顔をみることも無かった、あの日までは。




私の足元を石が掠めていったあの日。

後ろから謝りながらかけて来たヒカルは私の知っているヒカルで、

安心して思わず昔のように思いっきり怒って、笑って。

嬉しくていっぱい喋って。気がつけば彼は笑っていた、私を見つめて。

「幼馴染」と言われたけど、彼が傍で笑ってくれるならそれでも今はまだ良いかな

と思っていたあの頃。

いつも思いつめた真剣な顔をしていた彼が以前のように笑ってくれるならば、

私は彼の前で笑っていようと決めた。






だけど・・・・

「今日はクリスマスイブなのに」

クラスの友人は今ごろ彼氏と一緒のはずだ・・・・

うーと不満の声をあげながら、目の前の同じ境遇の友人にぼやく。

「ま、お互いこんな相手を選んじゃったんだから仕方ないわね」

英文を解きながら、冷静に返事をくれる。

「さすが金子さん。・・・・私、会えないって聞いた時拗ねちゃった」

仕事だから社会人なんだから仕方ない、そうわかっていてもつい不満に思ってしまう。

笑顔でいようと決めていても無理な時だっていっぱいある。

私が拗ねるとヒカルはすごく焦って、困って・・・

いけないって判っていても、どうしてもダメなときはダメで。



「いいんじゃない。拗ねるぐらい可愛らしくて」

私には出来ない技だわ・・・・と、微かにため息をつく金子さん。

あの、技ではないんだけど・・・・

「彼、ただ当然のように『仕事だ』で済ませたのよね」

もう一つため息をつく。

「『仕事だ』って・・・。他は?」

「何も」

「・・・・金子さんは?」

「そうって答えたわ。」

『仕事だ』『そう』って・・・・

「何もいわなかったの?」

「当然のように言う相手に何て言うわけ?」

もしかして、金子さん怒ってます?

「あの・・・・」

「あかりの友達が進藤を『バカプロ』と呼んでいた気持ちが良く判るわ。
 
 本当にあの『真面目碁バカ』!」

ドン!と机を力強く叩く。

「会えないのは仕方ないとしても、言い方ってものがあるでしょう!」

「金子さん、落ち着いて・・・・」

どうも私は地雷を踏んでしまったらしい。




フルフルと手を握り締めていた彼女が、大きく息を吐き出す。

「ま、でも仕方ないのよね。碁バカなの解ってて付き合ったんだから」

と、苦笑する。

「そうだね」

私も苦笑で返す。

お互い解っていた、相手がこういう人だって。普通の高校生相手とは違うって。

私たち以外に真剣で大切な物がある人達だって。

「どうして、好きになっちゃったのかなー」

と、お互い笑いあう。

そして、そこからしばらく勉強そっちのけでお互いの彼氏の碁バカぶりを言い合うことになる。


次の日。

「昨日電話があった時、『みんな忙しいから、金子さんと二日とも一緒なの』って言っちゃった」

と首をすくめて言えば。

「私は『全然構わない。あかりと一緒で楽しかった』って言ってやったわ」

と彼女は得意げに言って、私たちはお互いまた笑い合った。



そして、その日の夜。

家の玄関先に立つ彼氏は、いつもよりもさらに不安そうに戸惑った顔で私を見つめる。

少し悪戯が過ぎたかなー、と罪悪感が生まれる。

「あかり、ごめんな。お土産買ってきたから。埋め合わせはちゃんとするからな」

不安そうな顔をしながら、お土産とケーキの箱を手渡してくる。

「ありがとう」

私は受け取りながら彼を見つめる。

どうして、そんなに不安そうな瞳をするのだろう?

これくらいのことで、本気で怒るわけ無いのに・・・・

それよりも、帰ってきてすぐに会いに来てくれたことがすごく嬉しいのに。

私のことを考えてくれた証拠だから。

「私怒ってないよ、ヒカル」

微笑んでそう言っても、不安そうな光はまだ少し瞳に残っている。

だから・・・

「会いに来てくれて、ありがとう」

私は柔らかい笑顔を彼に向ける。

「おかえりなさい、ヒカル」

そして、笑顔のまま彼に手をのばす。

彼が安心して、笑ってくれるように・・・



少し前回から時が流れて、三年生のクリスマス。 以前のいくつかの作品と繋げてみましたが、判っていただけました? あかりちゃん、片思いの時と違って余裕が出てきてます。 と、いうかヒカル君が余裕がないのです(^_^;) さて、笑顔の理由はこれで最後です。 如何でしたでしょうか?


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