「あーあ、参ったなー」
今日も僕は小さくため息をつく。
原因は目の前の光景。
「ヒカル、いってらっしゃい」
母が笑顔で父に荷物を渡している。父が嬉しそうに荷物を受け取り、「いってきます」といいながら母の頬にキスを落とす。
ほのぼの、ほのぼの、進藤家の玄関先や門で繰り広げられるいつもの朝の光景。
まったく、ここは日本なのに。
しかも玄関や門でやらないでくれよ。出かけられないじゃないか・・・
姉や兄たちの話では、以前は父は堂々と普通にキスをしていたらしい。
でも、さすがに近所から苦情がきたらしく、姉たちの必死の説得の結果、門のところでは頬や額へのキスでしぶしぶ納得したらしい。
「夫が妻にキスして何が悪い!」というのが父の言い分だったらしいけど。
とにかく僕は現在、その二人の光景を後ろから眺める羽目になってしまったわけで・・・
『ばかねー、どうしてお父さんより早く出かけないのよ!』一番上の姉ならきっとそう言うだろう。
『二人は無視してさっさと出かけなさい』二番目の姉はそう言うかもしれない。長男なら無言で遅刻するだろう。
だけど僕は遅刻する覚悟も、この脇を通り抜けるのもできず、結局「失敗したなー」と後ろでため息をつくことになる。
「何だ、融。うらやましいか?」
ふと父が僕に気がついて、いたずらっぽく声をかけてきた。
ご丁寧に母を抱き寄せながら。
「ちょ、ちょっとヒカル」
母は慌てて抗議するけど、母のこの手の抗議が通ることは少ない。
「あのね、僕をいくつだと思っているんだよ」
まったく高校生どころか孫までいるくせに、年を考えろよ!
「融もテストの時とかあかりにキスしてもらえばいいのに、効果抜群だぞ」
あ、でも唇は駄目だぞ、なんてふざけたことを父が言う。
「あのね、だから僕は高校生なの。母親のキスなんて嬉しくないの!」
「え、そうなの・・・・」
なんか母が父の腕の中で寂しそうにつぶやく。
お、お母さん・・・・。そんな寂しそうな目をしないでよ・・・
「とにかく!遅刻しちゃうから僕もう行くから」
そういって、二人の脇をすり抜けようとしたら、父に「待てよ」と呼び止められた。
「じゃ、あかり。行ってくるから」
「いってらっしゃい。気をつけてね」
心配そうに母が微笑む。
「大丈夫だって、絶対勝つさ」
父はすばやく母の唇にキスをひとつ落とした。
「ま、今日は特別な」
くすりと笑って父はそう言っていた。
結局いちゃいちゃするんだこの二人は。
僕は諦めがてら頭を抱えた。
「融。お前背が伸びたなー」
隣を歩く父が僕みてふと気がついたように声をかけてくる。
「そりゃ、成長期だし」
「抜かされるのも、すぐかなー」
どこか寂しそうな、でも嬉しそうな瞳で僕を見つめてくる。
そして、
「お、お父さん。やめてよ!」
頭を撫でるなー!!しかも道端で。
父は母や僕たち子供に触れるのが好きなんだと思う。
特に、僕の場合は母譲りのこのやわらかい髪に触れるのが好きらしい。
ちなみに僕は人によっては父似と言われたり、母似と言われたり。
だけど・・
「僕はだからもう高校生なんだってば」
父の手を振り払えば、父はひどく傷ついた顔をした。
「なんだ、けちだなー。昔は自慢のお父さんとか言って、俺の傍から離れなかったのに」
いつの話だよ・・・・。
たしかに、幼いころは父の周りに纏わりついていた記憶がある。
「可愛かったよなー、融」
遠くを見つめる父。
「あのね、お父さん・・・」
だから僕はもうあの頃じゃなくて・・・
そんな話をしていたら、駅にたどり着いた。
改札を抜ければ父と僕とは別々の方向に行く。
だから僕は父の目の前に立って、父を見つめる。
「お父さん。頑張ってよね、一応今でも僕の自慢の父親なんだから」
面と向かって言うのは恥ずかしいけど、今日は特別の日だから。
父はちょっとびっくりした顔をしたが、嬉しそうに笑う。
「任せておけって、まだお前の自慢の父親ってのは返上したくないからな」
そして、行ってくるよと軽やかに笑って、父は歩いて行った。
本因坊本戦に向かって。
さて、この作品の進藤夫婦のイメージは。
『八神夫婦とミッターマイヤー夫妻』
何それ?と思う方も多いだろうなー。全然違うよ!まだベタベタ度と甘さが足りないぞ!!
と思う方もいるかも。
でも、まあイメージで・・・(^_^;)
ゆと