「わ・・ゃ・・ぐ・・・・るしぃ・・・」
目の前でその少年が苦しそうに顔を歪める。
その少年は俺にとって、友人であり、同僚であり、同期でもあり、仲間であり、
つまりはかなり親しい間柄だと俺は思っていた。
なのに・・・
「てめー、よくも黙ってたな」
そう言って、俺はさらに胸倉を掴んで締め上げた。
そう、この目の前の少年は俺に彼女がいることを黙っていたのだ!!
しかも一年にも渡ってだ!!
「塔矢や越智は知っていたんだってなー。なんで俺に言わないんだ?」
首を開放してやり、咳き込む進藤に向かって俺は怒りで引きつる笑顔で問いかけた。
「え、えーと」
青い顔で引きつる進藤。視線がやばい、やばいと泳いでいる。
「俺、進藤と仲が良いと思ってたけど、間違えてたか?」
言葉は柔らかいけど、俺の声は低く響いている。
「あ、その・・・・」
進藤はますます青くなりながら、それでも笑って誤魔化そうとしているけど。
今回は絶対に見逃してやるもんか!!
だから、ギロリ!!と無言で睨み、その言葉の先を促す。
「わ、悪い!!俺が悪かった、ごめん」
とうとう目の前の少年は俺に頭を下げた。
だけど、これくらいで許してやるつもりはない!!
大体だ!!この目の前の少年にはここ一年、変なうわさが飛び交っていた。
そう、塔矢と出来ているといううわさ。
始めてそのうわさを耳にしたとき、「何を馬鹿なことを」と笑っていたけど、そのうわさはおさまる事を知らず、
ますます大きくなっていき、ついには目撃談などが囁き始められた。
確かに、進藤と塔矢は仲が良い。良く進藤は塔矢の家に行っているらしいし、
二人で検討だの言い合いだのしていると、ちょっと他者には間に入っていけない雰囲気がある。
だけどそれはあくまでも碁についてだからで、決して色恋沙汰ではない!!と思っていた。
でも、さすがにうわさが囁き始められて、数ヶ月が過ぎ、半年が過ぎ、そうしてくるとこっちもちょっと心配になってくる。
まさかな・・・と思いつつ、二人を思わず観察してしまえば、やっぱりすごく仲が良くて。
なんか、碁だけじゃない会話も二人の間に生まれてきているようだし・・・
まずくないか・・・・?
まさか本当に付き合っていることは無いにしても(そう信じたい)、このままじゃやばくないか?
二人とも異性にまるで感心を示さないし。ファンといって寄ってくる女の子達にもアイドルとかにもまったく興味を示さない。
このまま女性に興味を持たず、塔矢と本当に出来たりしたら・・・・
思わず想像してしまい、寒気が走り・・・、「ここは俺が何とかしてやらなきゃ!!」と心に誓っていたのだ。
そして、合コンに誘ってみれば「興味ないし」と断られ、そういう雑誌を見せれば真っ赤になって「いい!」と逃げられ、
ワザと惚気て「彼女っていいぞー」と言ってみても、まったく関心を示さず・・・
どうしたら、進藤に女に興味を持たせられるんだ?と、ここ数ヶ月密かに悩み、心配していたというのに・・・・!!
彼女が居た!だと!?
「あの、ホントごめん。いつかは言おうって思ってたんだ。だけど・・・」
目の前で進藤が両手を合わせて、へコへコと頭を下げている。
俺はそんな進藤に冷たい視線を投げかけた。
「あの、今度ちゃんと紹介するからさ」
当たり前だ、こうなったらちゃんと紹介してもらわなきゃ。
碁バカな事にかけちゃ、若手の1、2を競う進藤の彼女だなんて興味ある。
いったいどんな女だ?
「すごく可愛いんだってな」
『すごい美少女なんですー!!』と岡達が興奮しながら言っていた姿が脳裏に浮かぶ。
俺はまだ機嫌が収まらず、低く唸るように言ったというのに・・・
「え、それほどじゃ、でも笑顔がさ、やっぱり可愛いかなー。あ、それだけじゃなくて料理とかも得意で、
しかも俺のために覚えてくれたって言うか・・・。それに・・・」
進藤はあろうことか、目の前で嬉しそうに赤く照れながら、ヘラヘラと笑って惚気始めた。
俺はまだ許してねぇよ!惚気るな!!
「・・・・・進藤」
とにかくその惚気を中断させる。
「紹介してくれるんだろ?すぐに」
俺は進藤にダメ押しの笑顔を向けた。
そして・・・
俺は正直驚愕で一瞬頭が回らない。
進藤はなんて言った?「俺の彼女です」だと?
進藤の彼女?この子が?!
目の前にはびっくりするような美少女が一人、進藤の隣に立っている。
その子ははじめちょっと戸惑ったような表情をしたが、すぐに俺に目を向けてにっこりと微笑んだ。
「始めまして、藤崎あかりです」
そう言って頭を下げる姿は、文句なしにかわいらしい。
「ヒカルからいつもお話を聞いていて、一度お会いしたかったんです。
いつもヒカルがお世話になっているみたいで、ありがとうございます」
しかも進藤の彼女だというのに、礼儀正しいじゃないか!!
進藤にはもったいなさすぎるぞ!
「どうも和谷です。お礼なんていいですよ。それより気になるなー。進藤、俺のことなんて言ってます?」
にっこりと俺も微笑んで彼女に話しかける。
「あ、院生時代からいつもいろんなこと教えてくれたり、世話やいてくれたりって。
いつも和谷さんの家でみんな集まって研究会やっていて、若手みんなの中心的な存在だって」
と、彼女はかわいらしい笑顔のまま答えてくれる。
よし!進藤。良い事言ってくれるじゃないか。
「だから、すごくやさしい良い人なんだろうな、っていつも思っていたんです」
にっこり笑ってくれる彼女はめちゃくちゃ可愛らしかった。
どうやら俺は彼女の中で、「いい人」の地位を確立していたらしい。
まあ、進藤。これで多少は許してやるよ。
「そんなことは無いですよ。それより藤崎さんの方がすごいな。
進藤の彼女やるのって大変じゃないですか? 進藤は結構我が儘だし、俺たち所詮碁バカだし」
そう言うと、藤崎さんは微かに赤くなって、「そんなことないです!」と手を振って否定していた。
ホントに可愛いよなーと思いつつ、にこにこと笑って藤崎さんとその後幾つか言葉を交わしたのだが・・・
ふと気がついてしまった。
進藤が藤崎さんの隣で、明らかに機嫌わるそうにしているのを・・・
なるほど、結構独占欲が強いわけね・・・
さて、藤崎さんに好印象を与えていてくれた分を差し引いたとしても、俺のこの一年間の心配分は返してもらわないとな。
たぶん、進藤のことだから藤崎さんを自分の都合に合わせて振り回していたんだろうし、
ここは藤崎さんのためにも、いろいろと教えてやらないとなー。
少々、脅し気味にご教授してやりますか・・・
そして俺は不機嫌そうに睨みつけてくる進藤に「可愛らしい彼女だな」と笑顔を向けた。
少々心配性な、お兄ちゃん気質のいい人『和谷君』登場です