いらいらする -1-



  もうすぐ冬になるかという、晩秋のある日。
  くそー、いらいらする。
  進藤ヒカル棋士はぶつぶつ言いながら帰路についていた。


  負けた、いい勝負をしていたのに、詰めを誤って負けた。
  いや、先方の方が一枚上手だったというべきだったろうか?
  とにかく、内容はともあれ負けたのだ。
  先日は逆に接戦の上、何とか勝ちを拾えた。が、その前はやはり負けた。
  この頃調子がよろしくない。


  「くそー。なんだよ!!」
  塔矢は勝っていた。
  すでにリーグ入りを果たして上位棋士達と対戦をしている。
  まだ、塔矢はずっと上だった。まだ、追いつかない。
  塔矢のいる場所までまだたどり着けない。

  ここでのんびりしている場合じゃねーんだよ!!
  塔矢はまだずっと先だ!
  塔矢の先にだってまだまだ道は続いているんだ!
  上っていかないといけないんだ!!


  あいつに誓ったんだ!!


  俺はここでもたついてる時間なんて無いんだ!!
  頂点に立つのは俺だ!
  『神の一手』を手に入れるのは俺だ!!
  でないと、でないと、あいつが居た意味が無い。
  あいつに・・・・


  悔しくて、いらついて、自分が情けなくて、頑張っても頑張っても行き詰まっている気がして。
  いらいらした、むかむかした、落ち着かなかった。
  焦っているのは自分でもわかっていた。
  でも、この焦りを自分ではどうしようもなくて・・・・


  「ちくしょー!」
  いらいらした気持ちのまま、足元に丁度転がっていた石を思いっきり蹴飛ばす。
  気持ちいいくらい思いっきり先に飛んでいったが自分の気持ちはすっきりしなかった。
  くそー!と余計いらいらした気持ちを募らせた時に
  「きゃぁ!!え、何!?」
  前方で少女の高い悲鳴が聞えた。

  やぱ!誰かにあたったか?
  視線を前方に向けるとけっこう先の方で高校生らしい少女が
  カバンを抱え込んで足元に目をやったあときょろきょろと周りを見渡していた。
  まずい怪我でもさせたか?と思って思わず駆け寄ろうとした時、少女と目があった。
  あれ?あいつ・・・
  少女の方でもこっちを認識したようだ。
  びっくりした顔のままこちらを向き、ひかるの顔を認識したあと、むすーと怒った顔をする。

  やばい、あれは絶対思いっきり誤解している!

  「ごめん、当たったか?」
  息を切らして問い掛ける。
  「ひどい!びっくりしたんだから!危ないじゃない!!」
  怒った瞳で睨みつけてくる。

  「ごめん、ワザとじゃない。ついちょっと。
   本当にワザとじゃない!人がいたって気づかなかったんだって」
  疑い深い瞳で睨みつけられる。
  「いくらなんでも、こんないたずらはもうしないって!!」
  そりゃ、子供の頃はしたさ、いろいろ。こいつを泣かせたことも多い。
  でももうやらないって!!

  「ホントゴメン。怪我大丈夫だったか?」
  こいつに怪我でもさせてたら・・・。
  恐る恐る足元を見て確認する。怪我っぽいところは無い。
  「本当にワザとじゃないの?」
  じーと怒った顔のまま、こっちを見ている。
 
  「違う!本当に気づかなかったんだって。あかりがいるってわかってたら絶対しないって」
  悪かったって頭を下げる。俺が悪い。
  って言うかこいつが怒る時は大抵俺の方が悪い。
  やっと信じてくれたのか、あかりは小さく諦めたようにため息をついた。
  「足元かすめて転がっていっただけ。当たってないよ」
  「よかった・・・」
  俺は大きく安堵のため息をつく。

  「でも、危ないでしょう!確認もしないで強く石を蹴るなんて。
  誰かに当たったらどうするのよ!!」
  信じられない!とプンっとそっぽを向くあかり。
  そういえば、小さい頃から良く怒られたよなー。

  「ごめんって。もうしないから」
  懐かしくて、少し可笑しくなって思わずちょっと顔がほころぶ。
  笑ってしまった俺をまたムウっと頬を膨らませて軽く睨んでくる。

  残念でしたあかり。
  俺、もうその顔怖くないもんな。
  小さい頃ならどうしようって焦ったけど、頬を膨らませるぐらいの怒りなら大丈夫。


  「悪かったって。あ、そうだ。ちょうど良かった。この前さー」
  俺はごそごそとリュックの中を探す。たしかここに放り込んだままだったはず。
  「お、あったあった。お詫びにさこれやるよ」
  バックから取り出したのは映画の招待券。
  少し前指導碁行った先で貰ったのだ。
  若い人の映画みたいだから良かったらどうぞと老夫婦に。
  映画に興味は無かったからそのまま入れっぱなしで、
  ちょっとしわくちゃになっているが大丈夫のはずだ。


  券をピラピラとあかりの目の前で振ってみせる。
  「え?なに?」
  興味深げにじぃっとチケットを見つめて、嬉しそうに笑う。
  「これって今話題の映画じゃない」
  えーってチケットに手を伸ばそうとするから
  「ちょ、ちょっと!!」
  ちょいってチケットごと手を上げる。
  そうするともうあかりには手が届かなくて。

  背伸びして取ろうと頑張っているけど、手が届かない。
  「ひどい!ヒカル」
  今度はくやしそうーに睨みつけてくる。
  「お前、小さくなったよなー」
  数年前までは立場が逆だったのに。
  上から見下ろしながらつくづく呟けば。
  「ヒカルが大きくなったんでしょう!」
  ってまた頬を膨らませてフンってそっぽを向く。


  そのコロコロ変る表情が面白くてつい
  「お前。変」
  笑いながらそういうと。
  あかりは真っ赤になって「ヒカルが意地悪なんじゃない!!」って怒って反論する。
  「わりぃ、わりぃ」って謝りながらチケットを手渡してやると、
  興味がチケットに移ったのか、興味深そうにチケットを受け取って嬉しそうに微笑んだ。

  「これ見たかったのー。でも、いいの?」
  申し訳なさそうに見つめてくる。
 
  「貰いもんだしなー、別に」
  そう言うと、パアッと嬉しそうに笑って「ありがとう」っていいながら顔をほころばせている。
  でも、急に何かに気がついたのか、ちょっと考えるそぶりを見せた。
  何だろうって観察していると。

  「でも、2枚あるよ」
  って言って、こっちを見上げてきた。
  ああ、そうか。2枚とも貰っていいのだろうかってことか。
  結構気を使うやつだからな、こいつ。さて、どうするか・・・

  あかりの手から一枚だけひょいってチケットを取り返す。
  そして期限を確認する。うん、何とか行けそうかな。
  「ま、一枚は俺のってことで」
  こんな恋愛映画に興味はないんだけど。

  「あかり、来週末ひまある?一緒行こうぜ」
  そう言うと、あかりはさっきよりもさらに嬉しそうに笑った。



               幼馴染の二人です。
               あかりちゃんが、高校一年生の晩秋の頃かな?
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