これだけでいい -1- 


 「・・・ごめんなさい」

あかりが震える声で小さく呟く。

俺はその言葉には反応せず、先ほど読みかけていた碁の雑誌を拾って壁際に寄りかかって座った。

そして静かに雑誌を開く。

「・・・ごめん、ひかる」

体を小さく硬く凝らせて、泣きそうな顔をしている。

「何が?」

そんな顔をさせるつもりなんて無かった・・・

「別にあかりが謝るようなことじゃないだろう」

俯いて何も言わないあかり。

「気にしなくていいよ」

まいったなー、と思う。別に本当にあかりにそんな辛い思いをさせるつもりはないのに。

ただ、これは俺の我侭で。

俺の問題で。

あかりがまだと言うならそれで構わない。

正直、少し残念とも思うけど、辛くないといえばうそになるけど。

構わないのだ。

「と言うより、俺の方が反省するべきだろう?」

震えるあかりにやさしく声をかける。

「ごめん、あかり」

もう一度、あかりにそう謝った。

「・・・でも・・・」

あかりは申し訳なさそうにこちらをおずおずと見る。

潤んだ瞳。赤く染まった頬。震える肩。

参った、そんな顔で見られたら折角碁雑誌を見て気持ちを落ち着けようと思ったのに、

落ち着かなくなりそうだった。

「あかりは悪くない」

そう断言する。

「ごめんなさい」

震える声で謝るあかり。謝られても困るのに・・・

余計、困るのに。

余計、自分が拒まれている現実を突きつけられているようで困るのに。

小さくあかりに気づかれない程度のため息をつく。

女の方がいろいろと覚悟があるものらしいもんなー。



「あかり」

とりあえず、碁雑誌をみて落ち着こうという考えは放棄した。

とにかく、あかりを慰めないと、あかりは悪くないのだから。

もう一度あかりに近づいて、俯いている顔を覗き込む。

「そんなに俺に悪いって思っているなら、やっぱりしていい?」

ワザとにやーって意地悪っぽく笑ってやった。

あかりはビクッと震えて、俺を涙目で見つめる。

「あ、あの・・・」

そして震える手をギュッと握り締める。

俺は強張ったあかりの体をゆっくりと抱きしめた。

腕の中で体をますます強張らせるあかり。

少し自嘲したくなった。

でも・・・・



「大丈夫」

ぽんぽんと背中を軽く叩く。

「これでいいよ」

そう言って優しく抱きしめる。



正直、あかりが欲しい。

もっともっとあかりに触れたい。

あかりを感じたい。

感情が暴走しそうになる。

だから、この頃あかりをそういう風に見てしまうことがある。

どうしてもあかりの白く細い首筋、胸元に視線が吸い寄せられて。

欲しいと思ってしまって。

抱きしめたあと我慢できなくて。

首筋にキスを落としてしまったり、抱き締める手が服の下に伸びて柔らかい肌に触れてしまったり。

でも、そのたびにあかりは体を強張らせて、俺の手の中から逃げてしまう。

『まって』と拒まれてしまう。

それは正直、少しショックであり、何でとも思ってしまうけど。

でも、あかりに俺の感情を無理やり押し付けるつもりもなくて。

大切にしたい。

無理はしたくない。

あかりがまだだと言うならそれでいい。



「これだけでいいから」

そうやさしく言ってしっかりとあかりを抱きしめる。

そう別にこれだけでもいい。

だって・・・



あいつは抱きしめることはできなかった。

あいつはあんなに近くに居たのに触れることすらできなかった。

あいつの熱も感じることはできなかった。

あいつには匂いすらなかった。

あいつの声を俺はちゃんと音として聞いていた?

あいつには、触れられなかったんだ。



だから

ギュウっとあかりをさらに強く抱きしめる。



ほら、こいつはこんなにも温かい。

こいつはこんなにも柔らかい。

こいつはこんなに近くにいて、ちゃんと触れられて、抱きしめられて、

温かくて、柔らかくて、いい香りもして、声も聞けて。

ほら、こんなにも感じられる。

ここに、確かにここにいる。ここにある。




だから、別にこれだけでもいいんだ。

抱きしめるだけでも構わない。

あかりをちゃんと感じることができるから。

今はまだこれだけでも構わないんだ。
  


書いていてかなり恥ずかしい・・・・(^_^;)                      
               
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