お 預 け   −2− 


そして、そんな中事件は起こった。

これはもう起こるべきして、起こったというべきだろう。




「おじさん、俺二十歳になったら酒飲みいくらでも付き合うからさ。あかり俺に頂戴♪」

にっこり。

にこにこと上機嫌にヒカル君は明るい声で軽―く父に声をかけた。

って、これって、ちょっと!



「は?」

父は一瞬固まったみたいで、呆然とヒカル君を見つめている。




「だからさー。あかり頂戴。俺もう18になったしさ」



つまり・・・

結婚のご挨拶って言うやつなんだろうか?か、軽いけど・・・


ヒカル君はにっこにっこと嬉しそうに父を見つめている。

さっきの話の流れから、当然断られるとは思っていない様子だ。

「あかりも卒業だから丁度良いし」

えへへ・・・と少々照れながらも嬉しそうに父に笑いかける。

なんだか、緊迫感が微塵も感じられない。

まるで「それ頂戴」と飴玉でも貰うかのようなノリである。






「・・・・・・・・・・・・・・」

両親一同に静寂が流れる。




「ヒ、ヒカル君。それは、何か?あかりを嫁にくれと言っているのか?」

父が恐る恐る聞き返す。

「うん。当然」

ヒカル君は何でそんな事を聞かれるのか不思議そうに頷いた。



「ヒ、ヒカル。お前何を突然」

おじさんもビックリした様子だ。

母とおばさんは あらあら・おろおろと少々楽しげに様子を見ている。

まあ、ちょっとまだ本気に思っていないというか、事態を深刻に考えていないというか。




だけど、ヒカル君は多分本気だ。

彼の場合、数年前から働いてるからお金もあるし、現実的に可能なのだから。



「え?だって、門脇さんが働いて3,4年で結婚決める人が多いって。俺ちょうどそれ位だし」

両親達に彼がいずれの未来の話ではなく、

本気で今現在の話をしているということが判ってきたらしい。




「!!!!」





「ヒ、ヒカル。あなたまだ18歳なのよ。あかりちゃんだって大学が」

「結婚してても大学っていけるんだろう?」

「ヒカル、ちょっと待ちなさい、落ち着きなさい」

「へ?俺、落ち着いているけど・・」

確かに狼狽しているのは、両親´Sである。




で、そんな騒ぎの中。あかりと言えば・・・・

両親以上に唖然としていた。

「ヒ、ヒカル?」

恐る恐ると言った感じで、彼の名前を辛うじて声に出す。




「ああ、あかり。今度の休み部屋見に行こうぜ。
やっぱり棋院やあかりの大学に近いところがいいよなー」



相変わらずヒカル君は上機嫌で。

結婚がすでに決まった未来と定めたらしい。

残念ながら、彼はちょっと周りの空気を読む能力に欠けているのだろうか?

いや、多分、彼の頭の中はきっともう幸せな新婚生活を描いていて、

的確な状況把握能力が一時的に欠落してしまったみたいだった。





「おい!あかり!!お、お前達は・・」

父親は余りにも衝撃を受けたらしく、少々狼狽気味である。

そりゃそうだ、いずれはとは思っていても、今とは露にも思わなかったはずだからだ。

しかも、こんな席であまりにも軽すぎる言い方をされるとは。





「ヒカル?何を言っているの?」

「だから、俺達の・・・」

「俺達のって何?私、まだ何も聞いていないよ?」

静に、静に聞き返す妹。

「えっと・・、そうだっけ?」

きょとんとした後、ごめんと言いながら、あはは・・と笑うヒカル君。

あまり深刻にそのことを考えていない様子だ。



「・・・・・」

「え!あ、あかり?」

あかりの瞳からポタポタと大粒の涙が流れる。

「ひどい・・・」

ヒカル君はあかりの涙を見て、おろおろと狼狽しながら妹の名前を呼ぶ。

「私、まだ何も言われてないのに・・・・」

妹の顔が悲しそうに歪む。

「それなのに、何でいきなりこんな・・・。しかも、私飛び越えて・・」

うっく、うっくと次第に本格的に泣き出す妹。

「あ、あかり、落ち着けって・・・」

「こんな場所で!ついでみたいに!!放して!」

肩に置かれたヒカル君の手を振り払って、妹は私の胸に飛び込んできた。




「お姉ちゃん、ヒカルが・・・」

「あかり。おい!ちょっと・・・・」

私の胸の中で泣き出す妹。

その傍で狼狽するヒカル君。泣いた妹を抱きしめる私。

あー、彼らが幼稚園時代を思い出す。懐かしい構図。

「あかり、ほら大丈夫だから」

ポンポンと背中をさすってあげる。

まったく、ヒカル君は相変わらず行き当りばったりなところがあって。

ちゃんと手順という物があるでしょうに。

肝心なところをすっ飛ばしてしまうなんて・・・

だから、私はあの頃と同じように、キッとキツく睨みつける。

「う!・・・あかりごめんってば、な、泣くなよ。」

「ヒカルなんか知らない!」

えっくえっくと泣き出す妹。

「わ、私。何もまだ言われてないのに・・・・。ヒドイ・・。」





妹には少々ロマンチックなところがあって。

まあ、妹の年齢じゃ当然というか。結婚だって正直まだ現実的ではないだろう。

いずれは・・・なんて夢見ているだろうけど。

それにしたって、そこまでのプロセスだってきっと夢見ていただろうし。

まあ、私もいろいろ相談には乗っているから、

今回妹がショックを受けた理由もわかるつもり。

妹の嘆きは当然なのよ、ヒカル君。

女にとって『言葉』は結構大切なんだから。




「あ、あかり。なあ・・・」

「ヒカルなんて、私の意志なんて関係ないんだー」

「そ、そんな事ないって。えっと、だって、嫌なわけじゃないだろう?」

泣いている妹。狼狽する少年。





そして・・・・。





だんだん事態は大きくなっていくのです。



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