そして、そんな中事件は起こった。
これはもう起こるべきして、起こったというべきだろう。
「おじさん、俺二十歳になったら酒飲みいくらでも付き合うからさ。あかり俺に頂戴♪」
にっこり。
にこにこと上機嫌にヒカル君は明るい声で軽―く父に声をかけた。
って、これって、ちょっと!
「は?」
父は一瞬固まったみたいで、呆然とヒカル君を見つめている。
「だからさー。あかり頂戴。俺もう18になったしさ」
つまり・・・
結婚のご挨拶って言うやつなんだろうか?か、軽いけど・・・
ヒカル君はにっこにっこと嬉しそうに父を見つめている。
さっきの話の流れから、当然断られるとは思っていない様子だ。
「あかりも卒業だから丁度良いし」
えへへ・・・と少々照れながらも嬉しそうに父に笑いかける。
なんだか、緊迫感が微塵も感じられない。
まるで「それ頂戴」と飴玉でも貰うかのようなノリである。
「・・・・・・・・・・・・・・」
両親一同に静寂が流れる。
「ヒ、ヒカル君。それは、何か?あかりを嫁にくれと言っているのか?」
父が恐る恐る聞き返す。
「うん。当然」
ヒカル君は何でそんな事を聞かれるのか不思議そうに頷いた。
「ヒ、ヒカル。お前何を突然」
おじさんもビックリした様子だ。
母とおばさんは あらあら・おろおろと少々楽しげに様子を見ている。
まあ、ちょっとまだ本気に思っていないというか、事態を深刻に考えていないというか。
だけど、ヒカル君は多分本気だ。
彼の場合、数年前から働いてるからお金もあるし、現実的に可能なのだから。
「え?だって、門脇さんが働いて3,4年で結婚決める人が多いって。俺ちょうどそれ位だし」
両親達に彼がいずれの未来の話ではなく、
本気で今現在の話をしているということが判ってきたらしい。
「!!!!」
「ヒ、ヒカル。あなたまだ18歳なのよ。あかりちゃんだって大学が」
「結婚してても大学っていけるんだろう?」
「ヒカル、ちょっと待ちなさい、落ち着きなさい」
「へ?俺、落ち着いているけど・・」
確かに狼狽しているのは、両親´Sである。
で、そんな騒ぎの中。あかりと言えば・・・・
両親以上に唖然としていた。
「ヒ、ヒカル?」
恐る恐ると言った感じで、彼の名前を辛うじて声に出す。
「ああ、あかり。今度の休み部屋見に行こうぜ。
やっぱり棋院やあかりの大学に近いところがいいよなー」
相変わらずヒカル君は上機嫌で。
結婚がすでに決まった未来と定めたらしい。
残念ながら、彼はちょっと周りの空気を読む能力に欠けているのだろうか?
いや、多分、彼の頭の中はきっともう幸せな新婚生活を描いていて、
的確な状況把握能力が一時的に欠落してしまったみたいだった。
「おい!あかり!!お、お前達は・・」
父親は余りにも衝撃を受けたらしく、少々狼狽気味である。
そりゃそうだ、いずれはとは思っていても、今とは露にも思わなかったはずだからだ。
しかも、こんな席であまりにも軽すぎる言い方をされるとは。
「ヒカル?何を言っているの?」
「だから、俺達の・・・」
「俺達のって何?私、まだ何も聞いていないよ?」
静に、静に聞き返す妹。
「えっと・・、そうだっけ?」
きょとんとした後、ごめんと言いながら、あはは・・と笑うヒカル君。
あまり深刻にそのことを考えていない様子だ。
「・・・・・」
「え!あ、あかり?」
あかりの瞳からポタポタと大粒の涙が流れる。
「ひどい・・・」
ヒカル君はあかりの涙を見て、おろおろと狼狽しながら妹の名前を呼ぶ。
「私、まだ何も言われてないのに・・・・」
妹の顔が悲しそうに歪む。
「それなのに、何でいきなりこんな・・・。しかも、私飛び越えて・・」
うっく、うっくと次第に本格的に泣き出す妹。
「あ、あかり、落ち着けって・・・」
「こんな場所で!ついでみたいに!!放して!」
肩に置かれたヒカル君の手を振り払って、妹は私の胸に飛び込んできた。
「お姉ちゃん、ヒカルが・・・」
「あかり。おい!ちょっと・・・・」
私の胸の中で泣き出す妹。
その傍で狼狽するヒカル君。泣いた妹を抱きしめる私。
あー、彼らが幼稚園時代を思い出す。懐かしい構図。
「あかり、ほら大丈夫だから」
ポンポンと背中をさすってあげる。
まったく、ヒカル君は相変わらず行き当りばったりなところがあって。
ちゃんと手順という物があるでしょうに。
肝心なところをすっ飛ばしてしまうなんて・・・
だから、私はあの頃と同じように、キッとキツく睨みつける。
「う!・・・あかりごめんってば、な、泣くなよ。」
「ヒカルなんか知らない!」
えっくえっくと泣き出す妹。
「わ、私。何もまだ言われてないのに・・・・。ヒドイ・・。」
妹には少々ロマンチックなところがあって。
まあ、妹の年齢じゃ当然というか。結婚だって正直まだ現実的ではないだろう。
いずれは・・・なんて夢見ているだろうけど。
それにしたって、そこまでのプロセスだってきっと夢見ていただろうし。
まあ、私もいろいろ相談には乗っているから、
今回妹がショックを受けた理由もわかるつもり。
妹の嘆きは当然なのよ、ヒカル君。
女にとって『言葉』は結構大切なんだから。
「あ、あかり。なあ・・・」
「ヒカルなんて、私の意志なんて関係ないんだー」
「そ、そんな事ないって。えっと、だって、嫌なわけじゃないだろう?」
泣いている妹。狼狽する少年。
そして・・・・。
だんだん事態は大きくなっていくのです。