始まりの少しだけ - 1 - 


幸い高校には囲碁部があったので、約束通り囲碁部に入った。
そして、ヒカルに指導碁の依頼をしたら、彼は笑って了承してくれた。

ヒカルにとって私たちの部に指導碁に来るのは結構楽しいことらしく、
彼は仕事や手合い、勉強等で忙しいはずなのに、ちょくちょく学校に指導碁に来てくれて。
それは凄く嬉しいことだけど、だけど・・・


私はやっぱり幼馴染でしかないらしい。


ヒカルは指導碁に来ても、私というより男子部員と話していることのほうが多い。
男子と一緒に楽しそうにいつも笑っている。
学校の帰り道、一緒に帰れるかなと思っていても「わり、みんなとゲーセン寄るから」と置いていかれることもあるし。
私に対する対応も中学時代のいや子供の頃からのそれに変わりない。


私は幼馴染・・・


他の部員たちに「藤崎と付き合っているんだろう?」と聞かれても「幼馴染だよ」と平然と答えてるし。
まあ事実そうなんだから、当然だけど。





そんな中、女子部員の友人を通して教えてもらったことがある。
進藤ヒカルは「年上の綺麗なタイプが好み」だと。

それも・・・
長い黒髪・和風美人・切れ長の瞳・スラリとした綺麗な年上女性。
男子部員とそういう話をしていたらしく、綺麗と思う女性の名を上げさせるとそんな感じになるらしい。



私と真逆・・・・・・



悔しくて唇を噛んでみても、手を強く握り締めてみても、その現実は変わらない。
つまり私はヒカルのタイプじゃない。


私の気持ちはヒカル以外にはわかりやすいらしくて、同情を向ける友人たちに私は小さく苦笑する。
いまさらどうやってこの気持ちを無くせばいいのだろう?


諦めることを勧める友人もいる。逆に「絶対上手くいくと思うよ」と応援してくれる友達もいる。
そして私はまだどうするか決めかねていた。
そんな中、彼女が現れたのだ。
まるで、ヒカルの好みを体現したかのような綺麗な女性。
教育実習で来た先生。よりにもよって囲碁部の顧問補佐になるなんて・・・





「やっぱ先生は美人だよなー」
私の少し斜め前を歩くヒカルが嬉しそうに言っている。
今日は部活の帰り一緒に帰れることになったのだ。
「なんかさー、いい匂いするし。大人って感じだよなー」
ヒカルは先生を一目見るなり思っていた通り気に入ったらしい。その日から今まで以上の頻度で指導碁に来ている。

「ヒカル。なんかその言い方いやらしいよ」
別に先生のことは嫌いじゃない。むしろ優しいし綺麗だしで憧れる。
だけど・・・ヒカルが先生を手放しで褒めるのはやっぱり気に入らないから、自然ムスっとした声が出てしまう。
「なんだよ!いいだろ事実だし。男子はみんな言ってるぞ。やっぱり先生は美人で大人でいいってさ」
そんなことは知っていた。先生が教育実習生として全校生徒の前で紹介されたときの男子生徒の反応。その日から男子生徒の憧れの的である。

「やっぱ大人だよなー。なんかこう・・・・」
私のジトーという視線に気がついたのか、最後の方の言葉はごにょごにょと決まり悪そうに濁していた。
どうせいやらしい事でも言うつもりだったんでしょ!男友達にでも話すような!!私はヒカルにとって女じゃないみたいだし!
そんなことを思いつつ、私はますますムスっとしてヒカルを睨みつける。

「なんだよ・・・。いいだろう別に」
とうとうヒカルもちょっと気分を害したのか、ムスリと顔をしかめる。



そして・・・
「だいたいさー、お前ももう少し・・・・」
そう言ってヒカルは私を真正面からマジマジと見つめる。いや「見つめる」じゃない「観察」だ、これは。
ジイーと顔から足までじっくりと観察。さすがにいくら幼馴染とはいえ・・
「な、なによ!!」
カァーと顔が赤くなる。

ヒカルは私がそんな様子なのもわかっているのだろうが、気にも留めず、そのまま観察して、
そしてあろうことか盛大にため息をついたのだ。

「な、なっ!!」
人を見てため息なんて失礼極まりない!!
「何なの!!」
「いや、なんとなく」
そしてヒカルは今度は小さくため息を一つ。
そして・・
「お前さー。もうちょっと先生見習ったら?」




「・・・・・・」
「やっぱりこう。お前も一応女なんだから・・・。ここは先生に教わって・・・」
「・・・・・・」
「そうすればお前も少しは・・・・・痛ってー!!何すんだよ!!」
重い学生かばんはヒカルが持ってくれていたから、私が使ったのはお弁当とかを入れていた小さめのかばん。
だけど、中身がお弁当箱だから当たれば痛いはず。そのかばんでヒカルの頭を殴ってやった。



「痛いだろ!!ってあれ?あかり?えっ?えー!!」
いまさら慌てたって遅い。私はこぼれそうな涙を一生懸命堪えながらヒカルを睨みつけた後、無言で足早に歩き出す。
「あ、あかり。待ってよ!悪かったって!言い過ぎたよ!」
ヒカルが謝りながら慌てて後を追いかけてくるけど、無視をして私は歩き続けた。

「俺が悪かったって!そうだよな、あかりはまだ高校生だし。大人の先生と比べた俺が悪かった。
ごめん。な、あかり、俺が悪かった。な、だから泣くなって・・・」
追いついたヒカルが私の顔を覗き込んで謝ってくる。
涙に濡れていた私の瞳を見て、ますます慌てて困った顔をする。ヒカルはそう、小さい頃から私に泣かれるのが苦手だ。
だからこれは別に特別なことじゃない・・・。ただ子供のときからそうなだけ・・



「ごめん、あかり。えー、ごめんなさい」
ぺこりと謝ってくるけど・・・・
私は一応足を止めて、ただ無言でヒカルを見返す。
「言い過ぎました。あかりはまだそのままで良いです。先生と比べてごめん」
「・・・・・」
「ごめんな。だから泣くなよ。な、機嫌直せって」
「・・・・・」
「えっと。先生は先生で、あかりはあかりだよな。その、ごめんな」
ヒカルは慌てながらそんなことを言っているけど、なんかフォローになってない。
「く、比べる対象が悪かったよな。あかりはあかりでそのままでいいからさー」
比べる対象が悪かった・・・・って先生は凄すぎるってこと?
やっぱり頭にくる。
だから、もう一度キッと睨む。ヒカルのうっ!とますます慌てた顔に私は怒りをぶつけた。
「ヒカルのバカー!!」と。



そしてまた早足でヒカルの前を歩く。ヒカルはもう諦めたみたいでため息をつきながら後ろからついてくる。
もう駄目だ。ヒカルは私を女だって思ってない。
先生は確かに凄く綺麗だし、大人だし、それなのに可愛らしい一面もあるし、魅力的だし。
比べたら私なんて子どもっぽすぎるし。
でも、こんな私でも可愛いって言ってくれる人だっているのに。
どうしてヒカルには・・・・・




男子部員達がもうすぐ教育実習期間が終わってしまって帰ってしまう先生と
最後にヒカルを二人っきりにしてあげようという計画を立てているらしいことをこの前教えてもらった。
女子部員は私に気を使って大反対だ。


でも・・・
ヒカルは先生を本当に好きみたいだし。それはもしかすると憧れに近いのかもしれないけど・・




「え!」
いきなりヒカルに手をつかまれた。見上げれば若干苛立ったような顔。
「悪かったって言ってんだろう。いい加減機嫌直せよ。ほら、何かおごってやるから」
そう言いながら、私の手を引っ張ってすぐ先のマックへと向かう。
「え、いいから!いいってば!」
抵抗してみるが、ヒカルの力に勝てるわけが無い。
「奢るって言ってるだろう。泣かせたお詫びだから良いんだよ! それに俺が腹減ったの!付き合えよ」
グイグイと引っ張るヒカルの手。
でもヒカルはいつも私の手を子供時代と同じように掴む。決して恋人同士がするような手の繋ぎ方じゃない。


私は微かに苦笑する。
ほら、私はやっぱり唯の幼馴染。

「なあ、あかり。泣き止んだ?悪かったよ、だから好きなもの食べていいからな。」
困ったように私の様子を覗いてくる幼馴染が私は確かに愛おしくて、涙の止まった瞳で見上げ笑顔で小さく頷いた。



彼の恋を応援してあげようと思いながら。







そして数日後。
私は今友人たちといつもの喫茶店にいる。
先ほどみんなと示し合わせて部室を抜け出した。ヒカルを先生と二人きりにするために。
「大丈夫?あかり」
心配そうに覗き込んでくる友人。
「大丈夫よ。進藤君は先生よりずっと年下なのよ。いくら進藤君が囲碁のプロで社会人だからって先生が相手にするわけ無いじゃない。
きっと振られてるわよ、そうしたらあかりのこと今度こそ見てくれるわ」
そう言って、これからよ!と励ましてくれる友人。




私は彼女たちに苦笑に似た微笑を返しながら考える。
私はヒカルが先生と上手くいくことを望んでいるのか、それとも振られてしまうことを望んでいるのか・・・・。
どちらも望んでいる自分がいて、その自分の卑怯さに悔しさに似た感情を覚える。


でも・・・・
やっぱり、先生とヒカルが上手くいって付き合いだす事を考えると悲しくて、寂しくて・・・
私を女として見てくれていないことが切なくて、悔しくて・・・
「大丈夫・・・」
と笑顔を作って答えてみても、瞳は正直で・・・
泣きたくなんて無いのに視界が少しずつぼやけてくる。
大丈夫なのに、覚悟は決めたはずなのに・・・
いま、ヒカルはどうしているのだろう?
上手くいったのだろうか?それとも・・・



「大丈夫だよ・・」
笑おうと思っても、瞳は正直で・・・・
ポタ、ポタと涙がこぼれる。



「あれ?やだ・・・」
目の前で友人たちが心配そうな顔をする。



「大丈夫なの。大丈夫・・」
私の声が力なく響く。




「何が大丈夫だって?」

不意に頭上から響く低い声。
びっくりして思わず見上げるとそこにはヒカルが立っていた。



明らかに怒った顔をして。




さて、まったくの別設定です。 実はどうしても書きたかったセリフがあったのです。元々は別の二次小説でのセリフだったのですが、ひかりでチャレンジ!! しかも、今までの設定だとそのセリフを言わせることが出来ないため、別設定を作っちゃいました(^_^;) で、そのセリフから前段階を作ってそのセリフまで持ってきて、セリフ後を考えて。 そうしたらかなり長いお話になってしまいました。 しかも、進藤君がかなりの無神経で性格悪くなってしまったような・・・ うーん、気分は一応『夏祭』後のイメージだったのですが、そうでも無くなったような気がします。 本当に個別物としてお考えください。 では、お気に召しましたら続きをどうぞ。

⇒次へ

⇒目次へ


SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送