始まりの少しだけ - 2 - 


ちょっと待て、今なんて言った?

ここはあかりの学校の囲碁部の部室。
目の前には、教育実習で来たという女性の先生。
黒く長い綺麗な髪と切れ長の瞳の和風美人。
そう、その美人と現在部室に二人っきりだ。

で、今先生は何て言った?
「みんなの希望みたいよ」そうにっこり笑っていったのだ。
みんな?
その中には当然あいつも入るのだろうか?




思い起こせば、始まりはいつだろう?
幼馴染のあかりが高校に入って約束通り囲碁部に入った。
だから俺もあかりの高校に指導後に来るようになって。
そのうちに、部員みんなと仲良くなって結構楽しくなって、
まるで中学時代に遣り残した部活動をまたやっているような気分になって、
本当に部員の気分で結構まめに指導後に来るようになった。



あかりと話すというよりは、男性部員と話すことのほうが多くて、部活中や帰りなどにいろいろと話して。
その話の中で、当然女性についても話した。俺たちぐらいの年の男子なら当然の話題だ。
「3年の誰が綺麗」「芸能人なら誰」「好みについて」「彼女の話だの」・・まあ、いろいろ・・・
女には聞かせられないようなものも・・・
で、その中で俺は「年上の髪の長い綺麗な女性が好み」ということになっていた。





そして、そんな中。目の前の教育実習の先生がきた。
すらりとして、長い綺麗な黒髪で、柔らかい微笑みをする美しい女性。
その微笑は誰かを思い起こさせた。



確かにちょっと有頂天だったかもしれない。
「すごいのね」と先生に褒められて、赤くなって照れたこともあるし。
手合いに勝ったあとなど「おめでとう」といってもらえたりすると、
まるであいつに褒められているような気になったこともある。
先生が俺をみて微笑んでくれると、あいつも今頃俺をみて微笑んでくれているような気になったりもした。
それにそれだけじゃなくて。同年代の女性に比べて、なんというか大人の女っていうか・・・、
やっぱり違うだろう?とにかく綺麗な人だし。

だからちょっと俺は浮かれていたかもしれない。
指導後に来る頻度が確かに上がっていたし、嬉しくなってヘラヘラしたり、
褒められたことを自慢していたかもしれない。




だけど、男だったら誰だってあんな綺麗な女性に褒められて悪い気なんかするわけない!
俺みたいに浮かれたってしょうがないじゃないか!
大体、俺以外の男子部員だって、いや普通の男子生徒だって先生をすごく気に入っているじゃないか!!
先生に気に入られようと、褒められようとみんな必死じゃないか!!
本気で憧れているやつだっているだろう。




だけど、だからって、どうしてこうなっているんだ?
二人きりの部室。
指導碁に来て、気がつけば他の部員たちはすでにいなくなっていた。
何で誰ももどってこないんだよ・・・・・
俺は心の中で一番仲がいい部員の顔を思い浮かべ、そいつに頭の中で文句を言いながら、
どうすればいいんだ?と頭を悩ませていた。




目の前でいつものように柔らかく微笑んでいる先生。
先ほど先生は「みんないなくなっちゃったわ。ねえ、進藤君。この後時間ある?」
と聞いてきて、「は?」という俺に「デートに誘っているんだけど・・」と言ってきたのだ。


「先生、それ本気で言っている?」
大体、俺は先生より随分年下だった。
「あら、嫌?」
にっこり笑う先生は凄く綺麗で、先生というより女の人で、いつもと違ってすごく色っぽく感じた。
「嫌っていうか・・・」
「だって、私あと数日で実習終わってしまうもの。そうしたら進藤君とももう会えないし」
くすくすと笑っている先生。なんで笑っているのかまったくわからない。

「あの、指導碁ならいつでもいいですよ。連絡してくれれば・・」
そういえば、先生の連絡先をゲットするには・・・などと、男子部員と話したこともあったかも・・・。
「そうじゃなくて」
にっこり微笑む先生。その微笑はあいつに似ていると思っていた微笑とは全然違くて、妙に艶かしい。
「えっと・・・」
あはは・・・と笑いながら、どうやってこの場面を乗り切るかを考える。
先生が俺に気がある?いや何かの間違いだ!からかわれているいるんだ絶対!!
確かに、確かに、先生は美人だけど・・・・だけど・・・



「あら、残念。ダメみたいね」
全然残念そうには見えない、楽しそうな笑顔。
「その・・・」
「みんなの希望みたいだったのに」
「はぁ?」
「だからね、みんなの希望みたいよ。進藤君と私がうまくいくのが」
「へ?」
「うーん。先生として生徒の希望を聞いてみようかな、とちょっと思ったけど。やっぱりダメみたいね」
相変わらずくすくす笑う先生。



「みんなの希望?」
「そう」
確かに俺は浮かれていたけど。
あいつらみんな「高嶺の花だよなー」とか言ってたけど、「
進藤なら社会人だしなんとかなるんじゃないか?」とかも言っていた。
でも、しかし・・・・



「みんなのって・・・」
まさか、あいつもか?
「みんなよ。ほら誰もいないでしょう」
確かに誰も帰ってこない。男子部員も女子部員さえも・・・

「二人っきりされたみたいよ、私たち」
つまりは、みんな俺のためにチャンスをくれたという訳か?わざわざ・・・
男子部員に「頑張れよ、進藤・・」となぜか言われたことを思い出す。
俺の中にフツフツと怒りが沸いてくる。
あのやろう・・・、浮かんできた顔は男子部員ではない。



「私ね、進藤君が悪いんだとおもうんだけどな」
強く手を握り締めた俺をみて、先生が相変わらずの笑顔のままそう言った。
「え?・・・・何で・・・」
確かに浮かれていた自覚はあるけど・・
だけど当然、それとこれとは違うだろう?
なのに何で俺が・・・



「だって、はっきりしないんだもの。それじゃあね」
「・・・・・・」
俺は強く手を握り締める。
「いいの?泣いているかもよ?」
先生が優しく俺を見つめて、問いかける。
頭に過ぎるあいつの顔。
怒りと焦りと苛立ちと不安と・・・・
そんな入り混じった感情に押し出されるように「俺、帰る」とだけ言って教室を駆け出した。




佐為さんはとても綺麗だったものですから。 進藤君の中の『綺麗な人の定義』にしてみました。 でも、それとこれとは違います。

⇒次へ

⇒目次へ


SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送