塔矢君家の食卓事情
■塔矢アキラ君 17歳の春 のとある午後■



越智棋士は塔矢家の玄関の前に立っていた。

現在、この玄関の向こうではこの家の息子アキラと進藤棋士、社棋士で

北斗祭に向けての強化合宿を行なっているはずだった。

今回、これからのためにと言って合宿に参加させてもらえることとなったのだ。

まあ、高校の関係で参加が少し遅れてしまったけど・・・

グッ!と気合を入れる。この中の三人は確かに今は僕より多少強いかもしれない。

でも、すぐに追いついてやる!そのために今日は来たんだから。

そして手にもっているものを確認する。

かなり大きなお重箱。これで大丈夫なはず・・・・

浮かんでくるのは数ヶ月前、塔矢と進藤が勉強するというから参加させてもらったときの一幕。



テーブルの上に並んだのは。

肉キャベツ炒め(焼肉のたれ風味)・豆腐・戻したワカメ・きゅうり・インスタント味噌汁・ご飯

「・・・・・・」

思わず無言になってしまった。なんでワカメが皿に山盛りなのだろうか・・・・?

きゅうりはヘタを取っただけなんじゃ・・・・・

「どうかしたか、越智?でもさー、塔矢。料理上達したよなー」

うんうんと言いながら進藤が肉キャベツ炒めに手を伸ばす。

上達?・・・・・このワカメやキュウリで?

「君はやはり少しは出来るようになった方がいい。なんだこのワカメは!!」

塔矢はワカメを眺めながら深くため息をつく。

「だってさー。こんなに膨れるとは思わなかったんだって!

 あ、越智。このワカメは豆腐と一緒に食べる用だぜ」

「味噌汁に入れても余りそうだな・・・。きゅうりにはマヨネーズか味噌を好みでつけてくれ」

塔矢が指差す方には、醤油・味噌・マヨネーズ・ドレッシングと置いてあった。

なんか、食欲が湧かなかった・・・




もう一度手にもったお重を確認する。銀座の有名料亭のお重だ。

おじい様に話したら「塔矢先生や進藤先生と一緒に泊まりで勉強会とは!

 では、素晴らしいものをご用意しなくてはな!!」とかなり張り切っていた。

大きく息を吸い、ゆっくり吐く。

今家の中にいる人たちにはある噂がある。まあ、社がいるから大丈夫だろうが。

よし!と試合に挑むぐらいの気合を入れ、ベルに手を伸ばした。




「あ、はーい」

明るい女性の声が玄関の中から聞えてきた。

あれ?確か塔矢夫人は塔矢元名人と外国に行っていると聞いたけど?

カギを開けて扉を開いてくれたのは、同じ年ぐらいのかなり可愛らしい少女。

少し茶色を帯びたさらさらの長い髪がまず瞳に映る。

「あ、あの。僕は・・」

ちょっと想定していないことに思わず詰まってしまった。

でも、その少女は僕を見てにっこりと笑って言ったのだ。

「こんにちは。越智君ですよね。みんなから聞いてます、どうぞ」

スリッパを出して中に入れてくれた。

「今、塔矢君は対局をしていて・・・。あ!荷物持ちますね」

お重を受け取ろうと手を伸ばしてくる。

「あ、俺が持つさかい」

家の奥から社が顔を出した。

「よお!遅かったやないか。待っとったでー」

社は何故かすごく待ち遠しかったという風に僕の肩をポンポンと叩いて、お重を受け取った。

「これ、何や?」

「差し入れ、松華亭のお重」

社は??って顔をしたけど、この言葉に嬉しそうに反応したのは少女の方だった。

「えー!!松華亭って銀座のですか?うわーこの前テレビでやってたー」

「有名なんか?」

「もう、美味しいらしいですよー」

大きな瞳をきらきら輝かせて嬉しそうに興奮気味で答えている。

「すごい!すごい!わぁー、ありがとうございます」

本当に嬉しそうに礼を述べるその姿はとても可愛らしくて。

塔矢の彼女?思わず首を傾げる。だって棋院にはあの噂が・・・・

今回だって泊まりで合宿に参加すると言ったら、皆に気をつけろ!

とか邪魔するなよ!とか言われてきたのだが。

噂はやはり当てにならないものらしい。

まったく、気構えた僕は何だったんだろう?バカじゃないか。

俯いてくつを脱ぎながら、自嘲とも苦笑ともとれる笑いが微かに浮かぶ。



やはり、塔矢ともなれば彼女もすごいんだな。

少々悔しさを感じながら、改めて少女を見る。

スラリとしているけど、決して痩せすぎてもいない、丁度良いスタイル。

先ほどから、艶やかでさらりとした綺麗なストレートの髪から

やわらかいいい匂いが微かに漂ってきている。

大きめの瞳がきらきらしていて、顔の作りも綺麗なのはもちろんだが、

それよりも笑顔が可愛らしくて印象的な少女だ。文句なしの美少女。



「あ、どうぞ、こっちですよ」

にっこり笑って慣れた様子で部屋まで案内してくれる。

「すごい、流石だね、彼女」

小さな声で社に囁く。

もちろん、塔矢の彼女だけあってさすがに綺麗でいい子だねという意味で。

「ホンマ上玉やな。あいつにはもったいないわなー」

上玉という言い方もびっくりしたが、もったいない? そうだろうか?

塔矢と言えば、若手トップでしかもすでにリーグ入り。

棋院の最年少・最短記録を幾つか塗り替えている天才棋士。

父親は元名人という棋界のサラブレットである。

しかも容姿端麗で礼儀正しく、真面目で頭脳明晰と何拍子もそろった少年だ。

碁に興味の無い女性達からの人気も高く、

ちょっとしたモデルやアイドル並の人気を誇る棋界の期待の若手。

塔矢ならば、この少女は当然だろうと納得できる。そう思うのだけど・・・



続きます・・・

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