「明るいな」
少年は小さくつぶやく。
少年の目の前には、街の明かりが地面を彩り、夜空では大きな月がやわらかい光を放っていた。
そのやわらかい光の中で、少年は独り月を見上げたたずむ。
月の影、脳裏に浮かぶのは・・・・
あの頃、あの子供の周りには光などなかった。
あの小さな子供の周りには明かりなどなかった。
ただ闇だけが広がっていた。
頭の上から男の馬鹿にしたような笑い声と酒の匂いがする。
子供はその笑い声を聞きながら、頬に触れる土の冷たさと、体中に広がる痛みを静かに感じていた。
「おい、いい加減にしておけよ。そんなもんでも無くなったら困る」
頭上の男を呼ぶ楽しそうな声が聞こえる。
「そんなへまはしないさ」
返事をしながら男は子供のその細い背中を強く蹴りあげる。
子供の背中に強い痛みが走るが、その子供は静かにその痛みに耐えていた。
「ちぇっ!反応すらしやしない」
男は履き捨てるように言いながら、子供をさらに足で苛む。
「しかたないだろう、頭が足りないんだ。お陰で重宝してるじゃないか」
お前もこっちで飲みなおせよ、と男を呼ぶ声が聞こえる。
その方向から聞こえる、楽しそうな笑い声、嘲笑。
「ああ、そうだな・・」
男はつまらなそうに足元に転がる物を見下ろし、最後にもう一度それを強く蹴りつけてから、自分を呼ぶ仲間達の方へと歩いていった。
何故こんなことをされるかなんて知らない。
たぶん賭けで負けたか、イライラしていたか。考えても無駄なことだ、いつものこと。
こんなときは、ただ大人たちの関心が自分から確実に離れるまで、静かにしているのがいいと彼は経験で知っていた。
冷たい土の上に横たわり、静かに目を開ければ、向こうに男たちの影が躍っていた。
その先を見つめれば、暖かそうな光を放つ大きな炎が燃えていて、
その周りでは大人たちが楽しそうに笑いながら、酒や美味しそうな匂いのする食べ物を手に持ち騒いでいる。
昨日大きな仕事を一つ終わらせた。
今日はたぶんその宴会だろう。
その子供はその仕事に貢献したはずだったが、そんなことは大人たちには関係ないことだった。
大人たちは暖かい光の中で、楽しく笑い、陽気に歌い、酒を飲み、ご馳走を頬張る。
だけど、その子供の周りには・・・
暖かく明るい光は夜の暗闇の中にいるその幼い子供の所には届かない。
その光も、暖かさも、笑い声も、食べ物もすべて彼にとっては関係ないこと。
彼の周りには冷たい夜の闇が広がるだけ。
しばらくして子供は暗闇の中静かにゆっくりと立ち上がる。
そして、その細い腕で体についた土を払い落とす。
まだ体中に鈍い痛みが残っていて、口の中には鉄の味が広がっていた。
でも、それらもしばらくすれば治ることを彼は経験で知っていた。
子供は暖かそうな炎に背を向けて、ゆっくりとさらに深い闇に向かって歩き出す。
彼の頭上にはやわらかい光を放つ大きな月が浮かんでいたけれど、
夜空には瞬く数多の星たちが輝いているけれど、それら光さえも彼には届かない。
彼はゆっくりと深遠の闇の中を歩く。
大きな木下でうずくまる同じ境遇の子供たちのもとへ。
闇の中でおびえた複数の瞳がその子供を見上げる。
お互いの体で暖めあい、飢えと寒さに小さな体を震わせ、なんとかその日をしのぐ。
同じ『道具』の子供たち。名前すらない・・・・
彼の後ろには、遠くに暖かそうな光を放つ炎があるけれど、
頭上にはやわらかい光を放つ月が浮かび、瞬く光を放つ数多の星が輝いていたけれど、
それらの光ですら彼らには届くことがない。彼らの瞳には映らない。
夜が明ければ、世界はまぶしい太陽の光に照らされるけれど、
『道具』でしかない彼らにはその光でさえ感じることが出来ない。
そう、彼らの瞳は闇しか映さない。
彼らはいつも深遠の闇の中に存在していた。
暗く冷たい闇の中に。
たとえその頭上に輝く太陽が、やさしい月があったとしても・・・
荻原規子先生の『西の善き魔女』という作品をご存知ですか?
私のお気に入りの作品の一つです。
さて、お気に入りという割にはすっごく暗い作品になっていますね(^_^;)
まあ、お許しください。実は暗い作品を書くのも好きだったりします。
もちろんこのままでは終わりません、というか終われませんね(^.^)
続きます。
なお、私は原作派です。漫画とアニメがあるそうですが、それらは見てはいません。
原作の最後以後のお話になっています。
アニメ・漫画がどこまで進んでいるのかは知りませんが、これ以降はネタバレになってしまうかもしれませんので
ご注意ください。